演奏曲目解説


プログラムに載せる曲目解説です。演奏する私たちは少し早く目を通しておくといいのではないでしょうか。

『心の四季』

『この曲は英訳すれば"Season in Heart"である。"of Heart"ではない。まして"Mental Seasons"ではない。』と髙田三郎は「ひたすらないのち」の中で言っています。

NHK名古屋から昭和42年度芸術祭参加作品の委嘱を受けて、吉野 弘から提供された35編ほどの作品から7編を選び構成して混声合唱組曲を創りあげました。

各曲は独立していて、<水のいのち>の様に統一したテーマは持たず、一つ一つの曲がそれぞれ人生の物語性を持ち、作曲者が"in Heart"と言っているように、心象風景として"四季”という時の流れの下に統一されています。

「私は 見えない時間に包まれている」、「水は 黙って抱きとってくれる それは 水のやさしさ」、「魚は岩を いやしめず 岩は魚を おとしめず それがいかにも爽やかだ」、「人が その心を さがしにゆく」、「人だけが 歌いやめない 思いでを」、「どこに 純白な心など あろう」、「遥かな奥に きらめいている ひそやかに 静かに」。

歌っているといろいろな思いに心が動かされます、歌っていると心が静かになります、

何か大きなものにやさしく包まれている自分を感じます、そして何かに祈りたくなります。心の深いところで自分や自然、そして絶対的な存在を意識させてくれます。

一つ一つの曲は、すべての人が自分の人生の、それぞれの場面に自分を置き換えて、深い共感を感じながら歌い、聞くことが出来ます。髙田三郎の音楽は、「自分は誰なのか、人間とは何なのか」そして「自分はどこに向かって生きているのか」を問う祈りの音楽です。 

 

 

『メンデルスゾーン 「なにゆえ、国々は騒ぎ立ち」 Op78-1

メンデルスゾーンはバッハの音楽の復興やライプチッヒ音楽学校を設立するなど、ライプチッヒにとてもゆかりのある音楽家です。この曲は34歳の時ベルリン大聖堂のために作曲られた「3つの詩篇Op78」として編纂されたなかの一曲で「なにゆえ、国々は騒ぎ立ち」は、旧約聖書詩篇第2編をテキストにして、8声部を2つの交唱グループに分け掛け合いをしながら歌われます。

 

『ブルックナー  「正しい者の口は知恵を語り」  WAB30』

Os justi」はブルックナーが55歳の時に作曲された混声8声部ための宗教小品です。テキストは旧約聖書詩編第37編から取られ、曲は教会旋法が用いられ、フラットやシャープといった臨時記号が一切現れない純粋無垢なハ長調で書かれています。そのためこの曲全体に亘って、一点の曇りもない澄んだ清らかさが感じられる曲です。

 

 

『バッハ カンタータ第191番 BWV191』

バッハのカンタータでは唯一のラテン語による作品です。ロ短調ミサの「グローリア」のパロディーで、第1曲がそのままの転用、第2曲が「グローリア」4曲目の二重唱、第3曲が同終曲の改詞を含めての転用で、BWV191は「ロ短調ミサ」のハイライト版のようなカンタータです。

 

 

Jesu, meine Freude

モテットとは、声楽曲のジャンルのひとつで、一般的に中世末期からルネサンス音楽にかけて成立・発達したミサ曲以外のポリフォニーによる宗教曲のことを言います。

"Jesu, meine Freude" は、ヨハン・クリューガーの作曲したコラール「イエス、わが喜び」の6つの詩節の間に、新約聖書「ローマの信徒への手紙」第8章の第1、2、9、10、11節の章句を挿入する形で構成されており、全部で11の楽章からなるバッハのモテットの中でも最も長大な作品となっています。

 この曲の構成の特徴は、奇数楽章にコラールを、遇数楽章に聖書による自由楽章を配しているだけではなく、全体を通して求心的な構造を作り出しています。

 この曲はシンメトリックな構成になっており、曲の中心は第6曲となり、対位法的に作曲されたこの曲は、はっきりと他の曲と区別され、作品の中心であることを意識させます。

このような構造は「交錯配列」といわれ、同一要素を結ぶ線はギリシア文字のChi(キーまたはカイ、Χ)となります。これはキリストというギリシア名の最初の文字であるとともに、十字架を象徴しています。

 十字架の中心は第6曲のフーガで、歌詞内容は「神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。」です。この歌詞内容は、「ローマの信徒への手紙」第8章のメッセージの中心であり、「神の霊が内に宿る」のはキリストによっているのです。バッハは,曲の構造からも歌詞の内容を強調する手法をとっています。
 バッハは、その出生と生い立ちにおいて、ルター派の福音主義教会に属し、その内面から福音的プロテスタンティズムの信仰に生きた音楽家でした。バッハは常にドイツ語訳聖書とルター派教会で会衆によって歌われていた讃美歌であるコラールを、自分の存在と生活と芸術生活の根底において拠り所としていました。この曲で、バッハは持てるすべての作曲技法を用いて、歌詞にあらわされた表面的な意味内容に留まらずその解釈までも、そして バッハ自身の信仰をも表現している曲となっています。

 

解説  石田 誠